春爛漫、十二宮紀行裏話 (童虎と紫龍と春麗 / 五老峰にて)
野良仕事から帰ってくると、聖域へ行っていた童虎も既に帰宅して春麗手製の料理の配膳を手伝っている最中だった。
泥を落として紫龍も手伝いに加わろうとすると、自分がするから座っていろと童虎は言う。まさか師に配膳を任せて自分は座っているなど。いいえ、いけませんと紫龍も首を振る。
互いに譲らず見合うことひととき。息を漏らしたのは師の方であった。
「そういう男であったな、お前は」と、彼は青年の面立ちで苦笑した。
そんな男達に、今度は家事一切を仕切っている少女が微笑みながら声をかける。
さあ準備ができましたよ。いただきましょう、と。
「畑の様子はどうかの、紫龍よ」
「はい、今年は天候にも恵まれて順調です。きっと豊作になりますよ」
「ほっほっ、秋が楽しみじゃのう、春麗」
「ふふふ、そうですね」
三人で摂る食事中、会話はいつだって和やかだ。畑の様子、山麓の村で聞いたこと、卓の上の料理のこと。
他愛もとりとめもないことばかりだけれど、そこには穏やかさと平和が満ちている。近頃の春麗は幼いときのように良く笑い、良く喋るようになった。
だから、なおのこと紫龍はこの平和な日々に感謝するのだ。
それはきっと、紫龍の遠く及ばない長い年月を聖戦のために生きてきた童虎も同じに違いない。
現にほら、
「それにしても老師、今日は良いことでもあったのですか?」
「ほう、春麗はどうしてそう思うんじゃ?」
「お顔がずっとにこにこしておいでですよ。うふふ、とっても嬉しそう」
紫龍に代わって聞いた春麗の言葉に、童虎は自分の頬をむにむにと抓りながらそんなに顔に出ていたか、と苦笑した。
「いや、なに。文を貰ってな」
「文ですか?」
「ほれ、聖域の書庫番殿がおったろう。本の間に挟んでくれたのじゃ」
そう言って、童虎は懐から折りたたんで紙片を覗かせた。
開いても良いというので慎んで開くと、丸っこい文字で利用の礼と、童虎は勿論、紫龍や春麗をも気遣う言葉が添えられている。
子龍も日本語の読めない春麗に読み上げてやりながら口元を綻ばせた。
「昔はシオン、何年か前まではムウもくれたもんじゃが、最近は途絶えて久しかった。そのせいかな、年甲斐もなく喜んでしまった」
童虎はそう言いながら、手元に戻ってきた手紙を丁寧に畳みなおした。
その横顔に、紫龍はふと少年のはにかみを見たような気がした。もっとも、その表情も瞬く間に消えてしまったので紫龍の気のせいかもしれないけれど。
「良かったですね、老師」
「……あの人らしいです。文字も文面も」
「儂はまだ直接会ったことがなくての。どんな娘さんかな」
「私も聞きたいわ、紫龍」
老師とともに目を輝かせた春麗に、紫龍はうん、と一つ頷いた。
聖域、教皇宮の書庫番といえば、とかく話すことに事欠かない人なのである。