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あすて雑記

春爛漫、十二宮紀行裏話(牡羊座の三人)

連載の十二宮紀行11話のその後、白羊宮の彼らが主人公の噂話しているようです。
つづきからどうぞ。


春爛漫、十二宮紀行裏話(ムウと貴鬼とシオン)


 シオンにとって白羊宮を預かった期間は、教皇宮ひいては聖域全体をその背に負ってきた期間と比べると瞬きのように短かった。
だというのに、この宮の前に立つと妙に安堵するというか「帰ってきた」と思うのはなぜだろうか。何故、などと言いながらちっとも謎ではない。ただ突き詰めると少々気恥ずかしい思いをすることがわかりきっているので、いつも感傷を打ち切っているだけだ。
 シオンが勝手知ったる我が家と言わんばかりにずけずけと踏み込んでいくと、それこそ故郷であるジャミールの素朴な家庭料理の匂いがどこからともなく漂ってくる。聖域配属の料理番を制して手ずから料理をしているとは珍しい。なにか良いことでもあったのだろうかと、シオンは厨房に足を向ける。
 案の定、そこには十三年見ない間に立派に成長した(直接は言ってやらないが)弟子と、彼の周りをちょこまかと手伝いに駆け回る孫弟子の姿があった。

「ムウ様、本当に行かなくて良かったんですか?」
「なにがですか」
「だから、人馬宮の……」
「貴鬼、くどい」
「でもがっかりしてたじゃないですか、あのひと」
 良いと言ったら良いのだ。これ以上は口出し無用。さっさと手を動かしなさい、と、なにやら理由になっていない駄々っ子のような言である。もう少しまともな言葉はないのかムウよ。
 小宇宙と気配を抑えて二人の会話を窺えば、ムウのそっけない返事に貴鬼はじとーっとした声音で「本当は行きたいくせに」とぼそりと呟いた。するとすかさず少年の頭に軽い拳骨が落ちる。
 拳骨を落とした主は、次の瞬間にはしれっと鍋をかき回しているのである。
 「人馬宮」「行きたいくせに」「がっかりしていたあの人」。そしてムウのこの拗ねたような態度。
 シオンにはこれだけの情報で充分だ。大方、普段はまっすぐに白羊宮に資料を引取りにくる書庫番娘がが今日はよりによって他の小僧連中の所へ寄り道して随分遅かったものだから面白くないことこの上ない。そんなところだろう。
 まったくあの娘ときたら、誰に似たのか知れないこの卒なく見えて気難しい弟子の心さえ僅かながらに開かせたと見える。
 能天気な面をして末恐ろしいものだとシオンは静かに笑った。
 確かに、中々どうして憎めない人柄をしている娘だ。かしましいくせに言葉を交わせば気持ちが良いというか、心地良い。春の西風、あるいは雨上がりの虹に似ている。シオンはついついからかい交じりに口を出した。
「なんなら今から行ってきても良いぞ。久方ぶりに牡羊座のシオンとして白羊宮の守護を勤めるの悪くない」
「……いくらあなたでも慎んでお断りします、我が師よ。現在の牡羊座はこのムウです」
 うっそりと振り向いたムウは、翡翠の瞳をちらと向けて大恩ある師に言った。この調子だと先程から気付いていたのだろう。貴鬼だけが驚いて「シオン様!」とぴょんと飛び上がった。
「頭の固い奴め」
「牡羊座の黄金聖闘士として、使命に忠実であるだけです」
 つんと澄ましたムウの、まったく可愛げのないことである。しかしその言葉がなんと頼もしく誇らしいことか。勿論そんなことは口が裂けても言ってはやらないが。
 若造めとくつくつ笑い飛ばしたところで、シオンはサイコキネシスで三人分の食器を棚から取り出した。
 弟子たちは驚くこともなくそれらを引き寄せては湯気の立つ料理を盛り付け、そのまま食卓へと宙を滑らせていく。
「ところで、少々遅かったのでは?」
「教皇宮に行き倒れの子狸を拾った。保護者の元に送り届けてきたら少々な」
「ああ、その子、随分疲れていたでしょう」
「焼肉を見て目の色を変えていたからあれはまだ余力がありそうだぞ」
「あはは、聖闘士でもないのに頑丈だなあ」
 出来立ての料理を囲んだ白羊宮の彼らの今晩の話題は、どうやらかしましいが心地良い、そんな一人の娘のことに終始しそうである。

(終)


(弟子がかわいいけど口には出さないシオン様だったら良いなとか、白羊宮の人たちはみんなかわいいなとかそんな感じです。シベリアと五老峰は次。次でこの小話群も最後です)
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