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あすて雑記

春爛漫、十二宮紀行裏話(牡牛と蠍)

主人公が立ち去ったその後の金牛宮にて。
お察しかもしれませんが全員分あるんです。最初は本編に組み込もうと思ってたんですがいくらなんでも長すぎなので止めました。それで日記でずるずると。
シリーズの新しい話は来週中にお見せできるかなーと思ってます。


春爛漫、十二宮紀行裏話(アルデバランとミロ)


 上機嫌の小さな背中を見送った後の部屋は自分もミロもいるというのに随分とがらんとしているように思えた。夕暮れの色を強めた日差しすらどこか淋しげなのはあの無駄に明るい娘がいなくなったからだろうか。
 一息にコーヒーを飲み干して、アルデバランは娘の出て行った扉をじっと見つめているミロに気付く。思わずまた、ふ、と笑った。先程とよく似た、いやにからかいと好奇を多分に含んだ笑いであった。
 ミロはアルデバランの微かな笑い声に気付くと、気まずさを隠すように唇を尖らせる。
「……なんだ、その顔は」
 そう。女神の御前や戦場ではともかく、本来のミロは不快も愉快も隠さず顔に出す人間であった。真面目ではあるが、軽口も冗談も言う。
 聖闘士候補にも兵にも分け隔てなく厳しい訓練をつけるが、終われば快く肩を叩いて酒を酌み交わす。そういう男だ。
 彼が常に仏頂面で口を噤んだままなのは、あの書庫番娘の前くらいなのである。
 ミロらしくもない。どうも初対面が良くなかったのだと聞いているが、アルデバランはそのあたりのことをよく知らない。が、彼女の良さもミロの良さも知っているがゆえに、どうにもアルデバランには腑に落ちないのだ。
「あいつのどこが気に入らんのかと思ってな。気が合いそうなものだが」
 ミロは潔く自分の間違いを改めて、負の感情も後に引きずらないだけの度量の持ち主だ。彼女の努力を認めていないわけでもあるまいに。
 苦笑交じりにアルデバランが言うと、ミロは彼には珍しく何事かを言いよどみ、やがてくしゃくしゃと金の巻毛をかき混ぜながらソファの背もたれに上体を預けた。
「無論、認めていないわけじゃない」
「ほう」
「だが、……わからんのだ」
「わからない?」
「あの書庫番は――なんだ?」
 口を開けばミロの知らない略語や単語と遠慮のない言葉が飛び出すかしましい娘。
 ミロにとって女とは儚くか弱い、守るべき存在だ。だが彼女はどうだろう。儚さもか弱さも感じさせず、困難すら驚くほど軽やかに飛び越えて楽しそうに笑う。
 頭では分かっているのだ。彼女もまた守るべき存在であると。しかし、なんというか。
「この前、いい歳して教皇宮の廊下を走って教皇に叱られていた。あの格好でデスマスクとサッカーしてるところを何度見かけたことか。――そんな女がいるか?」
 ミロにはどうしても珍妙な規格外の存在にしか思えないのだという。だから、距離を取りあぐね、どう接すればいいのか決めかねているのだ、と。
ふー、と疲れたように嘆息した友人の姿に、アルデバランは頬を掻きながら思った。
それは単に、気になる娘を意識しすぎているだけのような気がする、と。しかしまあ、言ってもこの調子では無駄だろう。
「ミロよ」
 アルデバランは友人として、あの優しい娘と最低限和やかに会話できるだけの助言をしてやることにした。
「必要以上に女だと思わなければいい。お転婆な妹か子供でも相手にしていると思っておけ」
「……それもどうなんだ」
「それで丁度良いくらいの女だ、あいつは」
 胡乱気にしつつも、ミロの表情は幾分晴れやかだった。名前で呼び会う日は遠くないだろうと、アルデバランは思った。
 しかしあんまり仲良くなられるのはどうも面白くないような。そんな心持ちが本人も気付かないほどかすかに首をもたげたことをアルデバランが自覚するのはまだずっと後になってのことだ。

(終)
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