シオン様誕生日おめでとうございました。
貴鬼は明日だね!おめでとう!
どうにもまとまらなかったんだけどお祝いしたかった名残です。いずれもっときちんとした形にしたいお話です…。
続きからどうぞ。
木蓮の満開の頃、シオンがいつもこっそりと訪れる東屋に行くと珍しいことに先客がいた。
大抵一人静かに読書や思案に耽りたいときに来る場所だから、人がいるのであれば引き返すのが常なのだが――踵を返しかけて彼はふと思いとどまった。
理由は自分でもよくわからない。いや、わかる気がするのだが、それに気付いてはいけないような。
ともかくシオンは今日に限って先客――彼女の向かいに気配を殺してそっと腰を下ろした。
書を開けば思考はそこへ飛ぶ。
しかしすぐ近くに確かに感じる小宇宙と熱がある。それは不思議と穏やかで、安心できることのように思えた。さて、彼女はいつ気付くだろうか。
***
ざ、と風が吹き、読んでいたページの上に木蓮の花びらを運んできた。
肉厚な花びらをつまみあげて顔を寄せると、典雅な香りが鼻腔を満たす。そうして彼女はようやく向かいに見知った人が座っていたことに気付く。
量の多そうな金の髪を風に遊ばせて、透き通るアクアマリンのような双眸は分厚い本の上に落とされているのでいつもより濃い色をしている。
(なんでシオン様が……)
ここにいるんだろう。それもいつの間に。
声に出して尋ねても良かったのだけれど、普段やかましいだの賑やかだのと評判のちとせの口が珍しく躊躇した。
かの人の長い指がページに連ねられた文字の並びをゆっくりとなぞる仕草に胸を締め付けられる思いがしたせいだ。
その指は確かに若く美しいのに、娘の目には仕草はまるで長い齢を重ねたひとが懐かしさと眩しさを愛おしむそれのように映った。
大きな声を出さずとも届くこの距離にいるけれど、きっとこのひとは今遠くにいるに違いない。
どこにいるのだろう? とても知りたいと思ったけれど、同時に邪魔をしたくなかった。このしじまを、距離を今は大事にしたいとも思うからだ。
だから代わりに、彼女は再び自分の手の中の世界に目を落とすことにした。
文字の織りなす実際に見たことのない遠い旅路を行く。けれどすぐ近くに確かに感じる存在がある。それは不思議と心地が良く、ここに居るという安堵感を与えた。
この本を最後まで読み終わったその時に、例えば目の前の彼もまた文字の世界から帰ってきていたのなら話をしよう。
彼女が旅した物語と、彼が振り返った何がしかの世界の話を。
(終)
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