歩幅
デスマスクは歩くのが早い、といつだったかに彼女は思ったことがある。それはもう、長いコンパスで颯爽と、スタスタと歩いていくので追いつくのが大変だった。うっかりするとすぐ見失ってしまう。追いつけるのは大抵、便所サンダルを履いてポケットに手を突っ込み、背を丸めがちにしていかにもやる気のなさそうに歩いている時くらいだ。
もっとも、そんな状態の時は生返事で軽く流されるのでなにを言っても馬の耳に念仏なのであるけれど。
しかし、最近はどうも勝手が異なるのである。
「デスマスク様、歩くの遅くなりました?」
だから、時々思考と口とが直通になってしまう書庫番娘は、深く考えることもなくすぐ隣にある銀灰色の髪をした男にむかって尋ねた。
今日も、彼女とデスマスクは同じ行く先へ、並んで歩いている。追いつくのに苦労して小走りになることもなく。そうかと言って彼は特にやる気もないという雰囲気でもなく背すじをすらりと伸ばした、なんとなく爽やかさすら感じる立ち姿だ。
唯一背中を丸めるののは、隣を歩く彼女がデスマスクに向かって話しかける時だけ。
彼女の言葉に、デスマスクは呆れたような顔をした。
「あわせてるからに決まってるだろう」
「あわせてくださってるんですか」
「悪いか」
「! いいえ、嬉しいです!」
「ならいいだろ」
「ついでに手も繋いでいいですか」
「図々しい奴め」
ほら、と差し出された手を握る。厚い手のひらと、自分より少し高い体温とうっすらと残る無数の傷痕が愛おしくて、彼女は握る手に力を込めた。
(終わり)