「アルデバラン様は私を攫ってくれないのですか」
さっきまで本を読んでいたはずの女は何事かをふと思いついたかのように顔をあげたかと思うと、ふいにずいっとアルデバランに詰め寄った。
彼女の話には前後の脈絡というものがさっぱりないことが度々だ。いい加減慣れたと思っていたアルデバランだが、今日はまたその淡い桜貝のような色の唇から不穏な単語が飛び出すから、眉を寄せる。
「どうしたんだ、突然に」
「私はあなたのエウロパになりたいんです」
だというのにあなたはさっぱり私を攫ってくれる気配がないじゃないですか。彼女はむくれてぐずる子供のようにアルデバランの胸に額をぐりぐりと押しつけた。
背に乗る覚悟も、大陸を駆ける準備もできているのに、と。
今日は随分甘えるな、と常日頃は背筋を伸ばして牡牛座の黄金聖闘士であり、恋人であるアルデバランにも真っ直ぐに向き合う女を抱き寄せた。
細い肩だ。あんまり力を入れたら折れてしまいそうだと、抱きしめる度に彼は思う。
「そうはいってもなあ」
アルデバランは困ったように(しかしやぶさかでない調子で)、苦笑しながら言った。
「おれのエウロパは攫わずとも腕の中にいるから如何ともし難いのだ。しかし、――そうだな。今夜、俺の部屋に攫っていくことはできると思うんだが、書庫に住まうエウロパよ、覚悟はいかほどかな」