はぴば牡羊座のみなさん!
星矢のキャラはみんなそうですけれども、笑顔に幸せになって欲しいと願って止まない人たちです。続きから小話一つ。
「だーかーらー、この字はこの言葉の前につくと“~に”って意味になるの」
「ああーそっか、だから繋がらなかったのか」
ほうほう、と彼女が感心したように頷いて傍らのノートに貴鬼の言ったことを書き込んでいく。
そこに連なる文字の羅列を貴鬼が読むことは出来ない。彼女がこうしてメモを取るときに使う文字は、彼女の故郷で使われていたものだからだ。
書庫番娘の好奇心は貴鬼から見てもとかく旺盛だ。
料理も刺繍も家畜の世話もびっくりするほどできないけれど、知らない言葉や歴史の調べ物となるとこんなに心強い味方もそうそういない。貴鬼も師から出される宿題を何度助けてもらったことか。
そんな彼女の近頃の興味の対象は、貴鬼の故郷チベットと、ジャミールの言葉らしい。文献が書庫で見つかったとかで、今日のようにわからない言葉や文節があると貴鬼に教えを請いに来る。
「貴鬼がいてくれて助かった」
「へへ、オイラにかかればこれくらいどうってことないさ」
普段はアッペンデックスで弟子で、多くの場合は年下の立場である貴鬼なので、誰かにこうして自分の知識を教えるのは初めてだ。それはどこかくすぐったくて、彼女が日に日に貴鬼の言葉を飲み込んでいくのを見るのは誇らしくもある。
反面、追いつかれたくない一心で、聖闘士や修復の修行と同じくらい勉学にも真面目に取り組むようになったことは、まあ秘密だ。
「もう貴鬼に弟子入りしようかなあ。どうですか、先生」
弟子にしてくれますか? なんて、おどけながら顔を覗き込まれ、貴鬼も調子にのって大仰に胸を張ってみせる。
「オイラの修行は厳しいぞ!」
「おや、もう弟子をとるとは大したものだ。こんなに早く孫弟子の顔を見ることができるとは思いませんでした」
ところが貴鬼の言葉に答えたのは書庫番娘のからころ笑う声ではなく。
涼やかで落ち着いた、低い声。貴鬼と娘が見上げたのは見目麗しく天駆ける黄金の羊の如く優雅な青年だ。
彼はいつになく悪戯っぽく微笑んで「げっ」の表情で固まっている二人を交互に見比べる。
こんな冗談を師は好かないだろうと貴鬼は思っていたのに、なんとまあ今日に限って乗ってくるではないか。というよりも、一体いつからそこにいたのだろう?
「ほう、まさか孫弟子だけでなく曾孫弟子を迎える時に立ち会えるとは。長生きはしてみるものだ。後で童虎に自慢せねばならぬな」
さらにさらにはもう一人。
一体、いつからそこにいたのだろう、と心中で二度目のそれを繰り返したところで、その人はぽんと書庫番娘の肩に手を置いて意地悪そうに笑った。
書庫番娘は困り顔で首を仰け反らせ、かの教皇猊下を見上げる。すると彼はにんまりと笑みを深めて眼を細めた。
「貴鬼だけでなく私もムウも厳しいぞ。耐えられるかな」
駄目押しとばかりにもう一言。
シオンの問いかけに彼女はあわあわと慌て、一瞬の間真顔になり、次には吹っ切れたような爽やかな笑顔で「やっぱやめます!」と宣言した。
一連の仕草と鮮やかなまでの掌返し。くるくると回る表情が何だか妙におかしくて。耐えきれずに口元を抑えたムウがそっぽを向いて噴き出した。
続いて貴鬼もけらけらと笑いだし、シオンもくつくつと喉を鳴らしながら上機嫌で彼女の頭を撫で繰り回す。
「もうなんですかみんなして!」と彼女だけが頬を膨らますけれど、笑いは絶えない。
やがて彼女は照れ臭そうに、けれどふにゃりと気が抜けた苦笑で以て笑顔の輪に加わった。
(終)
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