視覚が役に立たなくとも、温度が、音が、匂いが、味が――そして小宇宙が教えてくれる。
風の音や匂いを知れば天気がわかる。足の裏の大地の感触は取り巻く地形や危険を教えてくれる。
だから不自由なことというのは今はもう人が思うより少ないのだと、むしろ視覚があった頃よりも色々なものが鮮明に「みえる」こともあるのだと話すと、彼女は感心したように呟いた。
「暗闇の中で、はじめて光るものを見つけたんだね」
それはとても尊い色をしているのでしょうね。紫龍は温んだ湯にも似た、誰をも受け入れられる小宇宙を纏う人の言葉に口の端を緩めた。
なぜなら紫龍は思うのだ。己が見えなくなるまで気付かなかったものを、彼女はきっと、
「きっと、それらはあなたが見ているものとよく似ていると思います」
さざめく葉擦れと木漏れ日の暖かさ、声にならない嘆きも静かな優しさを、彼女はもう知っているに違いない。いつかに見た夜色の瞳を脳裏に浮かべ、紫龍は言う。
すると。本人は紫龍の言葉の意味がわからないようだ。そうかしら、と怪訝そうに首を傾げた(気配がした)。
紫龍はくすりとまた笑う。彼女に唯一見えないものを見つけた気がした。
それは紫龍が、彼の師が、聖闘士たちがふとした瞬間に息を呑む、ささやかだけれど確かな光を宿し時にまばゆくさえある、彼女にしかない彼女自身の星の輝きだ。